どこまで守ることが出来るか...。

2013年10月22日

4年ぐらい前に、
このブログで、こんな話を書いたことがありました…。


私は、
今から20年ぐらい前の、学生の頃に、
九州を旅行したことがありました…。


建築学生だったので、
あちらこちらの建築をブラブラと見学して歩いたのですが、
その際、長崎にも立ち寄り、
日本二十六聖人殉教記念館を見学しました…。





分厚いコンクリートの塊から、
ガウディのバルセロナの教会のような塔が二本、
あまりにも唐突に突き出していたり、
メキシコの建築みたいに、
壁面が、モザイクの壁画で覆われていたり、等々…。


その異形っぷりに、
強烈な印象を受けました…。


で、
それから10年以上がすぎて、
今から数年前のこと…。


たまたま仕事のついでに、
長崎を訪れることが出来たので、
あの時の感動を是非もう一度、と思い、
再度、
日本二十六聖人殉教記念館に行ってみました…。


建築そのものは、
勿論、変わることなく、
大変面白かったのですが、
その建築に至るまでの環境が、
頭の中に残っていた印象とは、
かなり異なっているような気がして、
少なからず、違和感を感じてしまいました…。


この建築は、丘の上に建っているのですが、
学生の頃に訪れた時には、
長崎駅の大通りの方から、
坂を登るようにして近付いていく途中で、
その特徴的な塔が、
丘の上に見えていたように記憶していました…。


ところが、
数年前に行った時には、
その大通り沿いに、大きなビルが建っていて、
駅の方の、坂の下から、
その姿を見ることができなくなっていました…。


あの不思議な塔が、
丘の上に見えてくる感じを、
強烈な印象として、
映像的に記憶していたので、
どうしても、
大きく違うものになってしまったように、
感じたようです…。


ただ、そうは言っても、
その原因となったビルは、
駅前の大通りに面していて、
大きなビルが並んでいる環境にある上、
日本二十六聖人殉教記念館とも、
かなり距離が離れていますので、
それを建てる際に、
丘の上に、
塔がチラッと見える景観にまで配慮を求めるというのは、
いくらなんでも、ちょっと酷だとは、思いました…。


ということなので、
仕方がないのかもしれない、とは思いましたが、
そんな仕方がないと思うようなことですら、
印象を大きく変えてしまうのですから、
人が持っている街の記憶というものは、
実に繊細なものだな、と感じた経験でした…。


といったような内容を、
4年ぐらい前に書いたことがありました…。


今頃、
なぜまた、そんな話を持ち出したかというと....


話は、以下に続きます...。
http://blogs.dion.ne.jp/k_nakama/archives/11343238.html

仲摩邦彦建築設計事務所

プロフィール

仲摩邦彦建築設計事務所

ひとつひとつ丁寧に取り組んでいきたい、と考えています。

建築は、建築主であるお客様や、様々な条件・環境等の、出会いや組み合わせにより生まれるものであり、それぞれが、その機会でこその個性的なものだと考えています。 「これしかない」と納得できるようなものを...

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