世界の果てまで‐1477‐
2018年4月27日
世界の果てまで‐1477‐
今週末から、ゴールデンウィークが始まります。
中頃を除いては概ね好天に恵まれそう。
昨年は東北を回ったのですが、中二になった長男と休みが合わずで、途切れ途切れの連休となりそうです。
日帰り旅行なら、名古屋も良いかもしれません。
3月の名古屋行きの際、「南極観測船ふじ」をみて来ました。
現役として役割を終え、体験型歴史的資料館として利用されているのです。
地球上での最低気温-89.2℃は南極で記録されています。
平均して厚さ2,000mの氷で覆われているため、標高が高く北極と比べても、圧倒的に寒いのが南極です。
ふじは、昭和40年から58年までが現役の南極観測船でした。
観測隊員の部屋が再現されていますが、南極に行くとはまさにこのようなイメージ。
松本清張の「ゼロの焦点」は単行本でしょうか。時代を感じさせるのです。
現在、子供たちが予約しているバラエティ番組は「吉本新喜劇」と「世界の果てまでイッテQ!」。
この2番組を、楽しみにしています。
「世界の果てまでイッテQ!」は、「謎とき冒険バラエティー」というサブタイトルがついています。
2月だったか、イモトアヤコというタレントが南極大陸の最高峰、ヴィンソン・マシフへ挑戦するという放送がありました。
遅ればせながら、その録画をみました。
彼女は「キリマンジャロ」「モンブラン」「マッキンリー」「アイガー」等を踏破しているそうです。
「マッキンリー」と言えば、日本人初のエベレスト登頂を成功させた植村直己が遭難した山。
単独、冬季という言葉を外したとしても、危険極まりないことに変わりありません。
イモトアヤコは、2014年にエベレストへも挑戦しましたが、ネパール地震の影響で断念。これらは、ニュースでも聞いた記憶があります。
しかし、南極大陸などタレントでもなければそうは行く機会がありません。
感動するくらい美しい景色のなか、険しいルートを登ります。
そして、彼女は登頂を果たしました。
辛口ご意見番ではありませんが、まさに「アッパレ!」です。
「世界の果てまで」の看板に偽りなしでした。
「冒険とは、生きて帰ることなのである」
植村直己の言葉ですが、国民栄誉賞まで受賞した優秀な冒険家が、命を落とすのが登山です。
天保山を登って命を落とすことはないので、登山が危険だということはありません。
しかしある種の人は、より高い山を、より困難を求めます。これは、仕事においても同じです。
エベレストへ登ってみたいと思うには、そこに近しい景色を見たことがなければ、その発想さえ沸いてこないかもしれません。
そう考えると、必ず生きて帰れる冒険ってあるんだろうかと考えてしまうのです。
それでも人は生きなければなりません。その葛藤こそが人生なのですが……
まさに世界の果てまで行ってしまいました。
私たちの世代の冒険バラエティと言えば「水曜スペシャル川口浩探検隊」でしょうか。
今の時代、あの演出では納得してもらえないでしょうが、無理をしすぎないようにね、とは思うのです。
■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「羽曳野の家」放映
■■■『住まいの設計05・06月号』3月20日発売に「羽曳野の家」掲載
■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記
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株式会社一級建築士事務所アトリエm
夢は必ず実現する、してみせる。
一級建築士 守谷 昌紀 (モリタニ マサキ) 1970年 大阪市平野区生れ 1989年 私立高槻高校卒業 1994年 近畿大学理工学部建築学科卒業 1996年 設計事務所勤務後 アトリエmを設立 2015年 株式会...