作家・ジャーナリスト佐々木俊尚さんに「衣食住」の「住」に関するお話を聞いた
作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏
変化を続ける現代において、「住まい」や「暮らし」はどう変わっていくのか。2月に「食」を扱った『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス/2014年/税込み1404円)を刊行した作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏に、「衣食住」の「住」に関するお話を伺った。
移動の自由がある暮らし
ーーご著書である『家めしこそ、最高のごちそうである。』の中に、「シンプルな生活」という言葉が出てきました。ずばり、シンプルな「暮らし」とはどんな暮らしですか?
基本的には、「モノはなるべく少なく暮らす」というのがありますよね。家については、僕も妻もフリーランスの仕事をしているので事務所兼住宅でずっとやってきたのですが、震災の後に「東京にしか住まいがないとリスク的に危険だよね」って話になったんです。それで、今までオフィスを構えていなかった分の余裕で、別のセカンドオフィス、セカンドハウスのようなものを借りましょうという流れで2011年の夏から軽井沢に家を借りたんですね。
そこは別荘的に優雅に使っているわけではなくて、向こうにも完全に仕事道具を置いています。こっちからパソコンを持っていって、向こうに置いて、ケーブルをつないだらそのまま仕事ができるという体制にしているんです。向こうでは完全に仕事モードですよね。東京では色々用事があってあまり集中できないので、向こうでまとめて書籍の原稿をするというやり方をしています。2カ所を行ったり来たりと。月の1/3くらいは軽井沢に行っていて、残りは東京にいるという感じです。
ーー2カ所を行き来しているというのは、今まで考えられていた「一カ所に住む」生活形態とは違うかと思うんですが、どのような感じですか?
意外とやってみると新鮮で、面白い。慣れてくると移動にかかる手間がないというか、最初に始めた頃は準備するのに半日くらいかかっていたんですけど、今はもう、向こうに物があるし、こっちにも物があって足りないものはないので、30分くらいの準備時間でさっと行ける感じです。常に移動の自由が確保されているのが、ちょっと気持ちいい感じもあります。
ーー移動の自由というのは、「旅ラボ」(佐々木氏が共同編集長を務めるWebメディア)のコンセプトにも近い気がします
そうですね、「暮らすように旅する」「旅するように暮らしている」ような。旅行と生活の境目がだんだん無くなってきている感じがあるかと。最近、旅行に行くときもなるべくキッチン付きのホテルに滞在して料理をするんです。旅行に行くと市場とかにおいしい食材があるから、レストランに行くより調理したほうがおいしい、楽しいっていう。若い頃みたいにバックパッカー的な旅行をしているわけでもなく、もうちょっと定着している。だからあまり名所旧跡も追わないし、移動しながらの旅行もあまりしなくて。大体、定着的に2週間くらい同じホテルに滞在するんですけど、行くともう完全にそこに住んでいる地元の人みたいな雰囲気、気持ちになっていくことが結構あります。近所のスーパーに行って買い物したりとか。
「住みたいところにいろいろ住む」
ーーそのような、移動しても違和感のない暮らし方をする人というのは、この先増えていくのでしょうか
例えば、"空き家が増えている"という話があるんですが、住む場所ってそんなに苦労しなくなるんじゃないかなと。最近、限界集落とかに住んでいるヒッピーの友達とかの話を聞くと、限界集略って家が余ってるから、そういうところをセカンドハウスにして借りてみるっていうのが一つの手なんじゃないかと言うんです。いきなり何もない田舎に東京の人が移り住むのはハードルが高いでしょう。だからとりあえずちょっと借りてみて、年に何回か行って、地元のおじいさんおばあさんとも交流すれば、いざ移り住むときにもちょっとハードルも下げられる、コミュニティにも参加できるし……というやり方が良いんじゃないかと。
そういうのを聞くと、これから家が余る時代で、LCCも出てきたし移動のお金も前よりそれほどかからなくなっているっていう状態の中で、だんだん普及してくるんじゃないかなと思います。
ーーそういう人たちにとって地域コミュニティなどの身近なコミュニティというのは、あちこちにある状態になるということでしょうか?
多分そうですね。もちろん僕らがそこまで軽井沢のコミュニティに参加しているかと言ったらそうではないんだけど。ハードルはすごい低くなっていて、軽井沢のフェイスブックページがあって"いいね"を押して知り合いになるようなことが普通になってきた。本当に山奥に住むときでも、入り口としてそこに住んでいるお年寄りとかのコミュニティにきちんとつながるかとうかが重要ですよね。孤立しちゃうと住みづらい。
今まで「田舎に住む」って言ったら東京とは完全に切り離されて"ナントカさんは世捨て人になった"とか思われてたんだけど、今はFacebookとかもあるから、どこに行っても、もともとのコミュニティにつながれるじゃないですか。自分の中に常に複数のレイヤーを持っていて、そのレイヤーごとにFacebookとかを使ってつながることが可能となっているという意味では、色々なことがやりやすくなってくるのではないかと。
ーーそうすると、住む場所は固定されなくなりますよね
「住みたいところにいろいろ住む」という。選択肢は広いですよね。震災の後、ベンチャー企業とかで、夏の間だけ北海道のニセコに行くというような動きも結構ありましたね。ああいうのが増えてくるんじゃないかな。田舎は面白いですよ。よく田舎って人間関係が面倒くさいとか言うけど、その中でどっぷり暮らすからそうなるのであって。片足東京、片足田舎だったらそうはならないんじゃないかな。それこそ地方で道の駅とかに行けば東京には売ってないような野菜とかがあって、料理してもおいしいし。自転車乗ったりとかアウトドアやったりとか、東京ではできないような遊びもいっぱいあるし。
ーーこの先、田舎に住む人は減るのではないかと思うんですけど、一方で移動して暮らせる可能性は増えている。だとすると、都市と地方のバランスはどう変化するのでしょうか。社会全体として見た場合に。
なかなかそこを見通すのは難しいのだけど、「中途半端な郊外」というのは衰退していくかもしれない。そういう郊外の住宅街って今すごく人が少なくなっているっていう現実があって。それだったらいっそ、もっと田舎の駅前の方が人気があったりとか、軽井沢みたいな自然の美しい住みやすい場所の方が人気だったりとか。そういう「住みやすい地方と住みやすい都会」が生き残って「住みにくい都会とか住みにくい地方は衰退していく」という両極化や格差化が起きていくのかもしれないとは思いますね。
中間共同体と住まい
ーーシェアハウスブームなどに代表されるように、人と暮らそうとする若者が目立つようになってきたことにはどのような背景があるのでしょうか?
友人の高木新平が言っていてなるほどと思ったんだけど、「家にいっぱい人がいて、プライバシーもないし息苦しくないの?」と聞いたら、「今の時代われわれは外にいるときひとりだから、家にいるときくらい仲間が欲しいんですよ」って。そういうことなんですよね。昔は会社とかに勤めていて、会社に行くと息苦しいくらい上司とか同僚がいて、家にいるときくらい一人でいたいと思ったんだけど、今は非正規雇用フリーランスが増えているから、外にいると一人で、逆に家に人がいてほしいという逆転が起きているのは間違いないというのが一つ。
あともう一つは、生涯未婚率の上昇とか、シングルマザーの貧困などの問題、高齢者の単身世帯増加と孤独死、単身高齢者認知症問題などがあり、個がばらばらになって生きていかなきゃいけない状況になっていると。でもこの状況が放置されたまま、何十年も続くはずは絶対ないと僕は思うんです。国が何もしなくたって、絶対自律的に「これじゃとても生きていけないよ」ってみんな思うはず。今の30歳くらいの若い男女で「一生独身だ」とか言われていても、一生独身で孤独に死んでいくつもりなことはありえなくて。恋愛ができなくたって何だって、「最後はみんな寄り添って生きていきましょう」という選択になるはずだと思うんですよ。結婚しなくてもいいと思うんだけど、みんなが寄り集まって生きていく形態っていうのは自律的に生まれてくる。自然発生的に。
それこそシェアハウスや北欧のコーポラティブハウスの方向に行くんじゃないかと。将来の共同住宅って今の孤立したマンションじゃなくて、リビングがあって周りに個室が並んでいる形態のものが増えていくんじゃないかと思いますけどね。そういうところで子育ても一緒にやり、おばあさんが歳をとったら介護してやり、飯も時々一緒に食う……ゆるやかな共同体というのが生まれてくるんじゃないかと思いますけどね。
ーー色々な家族形態の人を対象にしたシェアハウスを出している企業もありますよね
それはそれで楽しいんじゃないかな。だって今、「結婚できなくて正社員になれなかったら、一生孤独なまま終わるしかないか……」みたいな突き詰められたものがあるけど、そんなはずはないから安心牌みたいなものをみんな持ってるんじゃないかと思います。
中間共同体という言葉があって、"人間って一人で生きていけるわけじゃないし、だからと言って日本社会とかそんな大きなところでも生きていけないから、日本社会と個人の間のワンクッションとなる何百人、何十人とか中間的な共同体っていうのが必要だよね"という話です。これは、大昔だったら農村だったりとか、最近では企業だったりとかが担ってきたんだけど、農村はとっくにないし、企業社会っていうのは崩壊してきている中で、どこかで中間共同体を担うコミュニティなりアソシエーションが出てこざるを得ないだろうなと。そういう時に「住まい」みたいなものが擬似的な中間共同体として出てくるんじゃないかなと思うんですね。
社会や文化の変化はリアルな空間の隅々へ
ーー『家めしこそ、最高のごちそうである。』を2月に出されたということで、「住まい・暮らし」と関係が深い「食」についても少し聞かせてください。暮らしの面から考えたときに、現在の都市部には食の選択肢がたくさんあると思うんです。外食から総菜、自分で作るにしても野菜のバリエーションが多い。この背景には何があるのでしょうか?
日本ほど選択肢が多い国はないですね。日本の生活文化の異常なほどのレベルの高さは他の国にはないので。コンビニで売っている100円くらいのお菓子があんなにおいしい国は、日本以外にないですよ。そこは日本人ならではの、全てのものにこだわりたがるという伝統的な感覚があるんじゃないかなとは思いますけどね。例えばラーメンとかカレーとかだってものすごい進化して、ラーメンなんかは一つの王国みたいになっているでしょ。他の国だったらそこまで進化も多様化もしない。これは日本独特の世界なんだなっていう。
あと、海外と比べてみていつも思うのが、東京の特異性です。各国レストランがこれほど沢山あって、すべて美味しい都市はない。高級店じゃなくてビストロとかピッツェリアみたいなところがおいしいっていう。全ての分野で生活文化のレベルが高いということが、選択肢が多いことの最大の要因になっているんじゃないかな。でも、質が高すぎるがゆえに、人間を怠けさせるという逆効果もあったので、家庭料理だけが質を低下させているというのもありますね。
ーー関連して『家めしこそ、最高のごちそうである。』自体についても最後に聞かせてください。この本はとても読みやすさを重視してつくられていると思うんですが、そのような形で出されたのにはどんな理由があったのでしょうか?
いつも本について「難しい難しい」と言われて……、全然難しく書いているつもりはないし、未だかつてないくらい分かりやすく書いているんですけど、それでも「難しい難しい」と。一時は「分かる人に分かってくれればいいや」と思っていたんですけど、多くの人にその意味を到達させなきゃいけないな、というのを最近考えているんですよ。
やっぱり料理本を書いたのは、料理本を書いてみたかったから書いたというよりは、今まで書いてきた社会の変化とか文化の変化というものは、すでに料理とか生活の分野に来てますよということです。ITとか新しいテクノロジーが生まれて、それが社会を変えていくという変化が、ついにリアル空間の隅々までいきわたるようになった。その中で食とか自分がどういうものを食べ、どういう風に生きていくかという生活の立て方そのものも変化してきたんじゃないかっていう。そういう命題を立てていて。それで料理本につながったという話です。だから分かりやすく書こうと思って。そういうメッセージが伝わればいいなと。
この記事はマイナビニュースより転載しています
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