東京電力下谷変電所

2014年3月8日

東京電力下谷変電所…。





近くまで行ったので、
久々に観に行ったところ、
一部に仮囲いがされていて、
内部の壁解体工事の日程、
なんていう掲示がされていましたが、
大丈夫かな…。

雑然とした街の一角に、
1931年(昭和6年)から、
ひっそりと建ち続けている、謎の建築…。

昭和初期に流行した、
どこか妖しい、「ドイツ表現主義」風…。





まさか、
これで、見納め、なんてことが…、
あるのか…?

街中には、
こういうヘンテコなヤツが、
佇んでいる場所もなくなってしまった、
ということなのかなあ…。

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奥多摩工業工場

2014年3月6日

SF的な映画やアニメを観ていると、
いつの頃からか、
未来のイメージは、
あまり、計画的な、整然としたものではなくなっていて、
なんとなく、雑然とした、
廃墟のようなイメージに変わっているように思います…。

未来のイメージは、
一周廻って、
過去のイメージに近くなっているみたい…。

歴史というのは、
本当に、円環のように反復するのかなあ、
なんて思ってしまいます…。

もしかしたら、
未来のイメージというものは、
元々、
いくらかの過去を含んでいるのかもしれません…。

今ある現実と、
どこかつながっているからこそ、
それを、未来だと思える、という感じ…。




奥多摩工業の工場…。

これは、
そういった、近未来のイメージに、
ピッタリのような気がします…。

実際、
『ウルトラマン』の撮影で使われたこともある、
と言います…。





無造作に積み重ねられたような建物が、
緑の山肌から見えている風景は、
なんとなく終末感のようなものが漂う、
SF的イメージにピッタリみたい…。

未来的な感じもあり、
どこか、
懐かしいような感じもあり…。





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阿佐ヶ谷住宅

2014年3月5日

阿佐ヶ谷住宅…。





昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。


赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。


テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。


広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。


三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。


その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。


観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。


ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。


日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。


日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。


しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。


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アクロス福岡

2014年3月4日

アクロス福岡…。





様々な用途が入った、複合施設です…。

敷地の南側にある公園から連続して、
緑の山のようになっています…。





ちょうど、
グリーンのカーペットが持ち上がって、
その下に建物がはいっているような感じ…。

それでは、
公園の反対側、大通りに面した方は、
どんな感じになっているか、というと、
ガラス張りの、全く別の表情…。





こちらは、
街の雰囲気に合わせているのでしょうか…。

実は、
出来上がってすぐの頃に、
一度観に行ったことがあったのですが、
その時には、まだ、
木が少ししか生えていなくて、
何だか、よくわかりませんでした…。

でも、しばらくして、再度訪れた時には、
十分に毛深くなっていました…。





遠くから見ると、
街の真ん中にあるにもかかわらず、
本当に、ちょっとした山のように見えて、
不思議で、面白い風景をつくり出していました…。

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福岡相互銀行大分支店…。

観に行った当時は、
福岡シティ銀行大分支店という名前でした…。





ごっつい量塊が、4本の柱で、
御神輿みたいに、持ち上げられているような感じ…。

頭でっかちの塔が、
メインストリートの交差点で、
かなりの異彩を放っていました…。

面白かったんだけどなあ…。

これまた、取り壊されて、
今では存在しない、磯崎新さん初期の建築…。

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大分県医師会館

2014年3月1日

これを観たのは、
もう20年以上前の、学生時代のこと…。

大分県医師会館…。

建築家、磯崎新さんの、
実質的な、デビュー作なのだそうです…。

ごっつい、コンクリートのシリンダーを、
宙に浮かべたような姿…。





観に行った当時、
1920年代の、ロシア・アバンギャルドが、
再評価され、大流行していたこともあって、
そんな文脈で、
それなりに理解しようとしたりしましたが、
実際に観てみると、
本当に、ワケがわからなかった…。

でも、
そのダイナミックな造形と、鬱陶しいぐらいの量感が、
ものすごい圧力で、
とにかく、すごかった…。





その後、
世界中の著名な建築家からも、
保存を望む声が出たりする中で、
結局、取り壊されてしまいました…。

今では、こうして、
写真の中にしか、存在しない建築…。





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旧三河島汚水処分場

2014年2月28日

重要文化財にも指定されているという、
旧三河島汚水処分場施設…。





日本で最初の近代的な下水処理施設で、
赤煉瓦の、美しいポンプ場は、
1922年(大正11年)の設立当初から、
稼働していたものなのだそうです…。

当時の最先端、
日本に紹介されて間もない、
「セセッション」と呼ばれる様式の影響を受けたデザインで、
そういう意味では、
技術とデザインの粋を集めたものだったようです…。

この「セセッション」様式というのは、元々、
19世紀末の、ドイツ・オーストリアが発祥の芸術運動で、
「分離派」とも呼ばれます…。

それまでの、
保守的な芸術家協会から分離するかたちで登場したために、
こう呼ばれたのだそうです…。

建築では、
オットー・ワーグナーなどが有名なのですが、
アートに詳しい方は、
クリムトなどを思い出すかもしれません…。

「分離派」という名称の通り、
これまでの歴史的な様式から離れて、
新しい建築(芸術)を目指した動きになっていて、
ほぼ同時期の「アール・ヌーヴォー」などとも、
そういった意味では、通じているのかもしれません…。

それまで1000年以上続いてきた西洋建築の歴史から離れていく、
いわば、
その後、現代まで続いている、
近代建築のはしり、と言っていいのだろうと思います…。

そんな風に思って観ると、
垂直線と水平線を強調した、平坦な感じ、というのが、
特徴の一つになっていて、
確かに、
現代の建築にも通じる雰囲気があるようです…。





こういった実用的なものを、
当時の最先端のデザインで建築するなんて、
昔の人はえらいなあ、なんて思ってしまうのですが、
おそらく、
「こういったものに」ではなくて、
まずは「こういったものこそ」が、
当時の日本の国にとって、
重要であると考えられていたのでしょうね…。

なんでも、
平成11年に別系統のポンプ施設に切り替えられて、
引退するまでは、
ずっとここが使われていた、とのことなので、
つい最近まで、使われ続けていたことになります…。

やはり、
しっかりとした、いいものをつくっておけば、
長持ちする、ということのようです…。

どうせ建てるのならば、
きちんとしたものをつくっておくべきですね…。





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第一生命相互館

2014年2月27日

皇居のお濠に面して、
1938年(昭和13年)にできた、
第一生命相互館(現・DNタワー21)…。

高層部分は、
後の再開発によるものです…。





日本の建築史において、
最後の様式建築、と呼ばれ、
一見、古典的な風貌を纏っていますが、
実は、
基礎工法や設備計画などで、
最新の工法が、数々試みられている、
当時の最先端にして、
戦前の日本の建築技術の到達点、
とも言われています…。

また、その一方で、
いわゆる洋館風の装飾がほとんどない、
きわめてシンプルな外観…。
左右対称の構成と、巨大な列柱、等々…。

その、あまりにも厳めしい古典主義が、
ナチス・ドイツやイタリアの、
いわゆる「ファシズム建築」との類似性などを、
指摘されたりもしています…。

確かに、
大きくて、堅牢で、
ちょっと威圧的…。

シンプルな外観は、
後の近代建築に通じるようにも見え、
また、
それにふさわしい最新の技術が集められていながら、
その構成から、
どこか古典的にも見える…。

きわめて多義的で、
いろいろな見方ができるところが、
なかなか味わい深い…。

そんな、第一生命相互館は、
第二次大戦後、占領軍に接収され、
総司令部(GHQ)が置かれることになります…。

「ファシズム、軍国主義との戦い」、「正義の戦争」…、
等々と標榜していた人たちが、
占領軍となるや、
「威圧的」な「ファシズム建築」に入居するなんていうのも、
これまた、なかなか味わい深い…。

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法務省旧本館

2014年2月26日

1886年(明治19年)、
時の外務大臣、井上馨は、
欧米列強と肩を並べ、
不平等条約を改正するために、
鹿鳴館をつくり、連日夜会を催し、
西洋式の生活様式を奨励するなどの、
いわゆる欧化政策をとっていました…。

そして、
その総仕上げとでも言うべき、
国会議事堂、裁判所などを含む、
諸官庁建設計画にとりかかります…。

内閣直属の臨時建築局を発足させ、
井上馨自らが、初代総裁に就任します…。

そして、その建築家として、
ドイツで共同の建築事務所を開いていた、
ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンの、
エンデ&ベックマンを招聘し、
計画の作成を依頼します…。

この時に出来た計画案は、
パリやウィーンなど、
先進諸国の実例を踏まえた上での、
当時の最先端をいく計画だったと言われています…。

ベックマンの日記には、
「おそらく完成までに100年を要するであろう。
 しかしそれが重要なのだ」、とあります…。

そして、この計画は、
鹿鳴館で、政府高官に披露され、
ベックマンの日記によると、
「計画は承認され」、
天皇の御前での説明もなされたと言います…。

その後、
様々な変更が加えられながらも、
計画は、実際に、進んでいきます…。

しかし、
1887年(明治20年)、
不平等条約の改正交渉が不調となると、
事態は急変します…。

外務大臣、井上馨は辞任に追い込まれ、
計画は大きく揺さぶられていきます…。

ベックマンは日記で、
「われわれのプランに、
 かつての政府があらわした熱狂を」、
「もはや見出せなかった。
 われわれの建物は浪費と見なされ、
 全権を有する外国人による仕上げは反国民的なものとされた」、
と回想しています…。

翌年には、
エンデ&ベックマンの計画は廃棄され、
臨時建築局も、2年後には消滅します…。

ベックマンが100年後を見据えて描いた街路は、
結局、一本も実現することなく、
壮麗なバロック都市東京は、幻と消えました…。

ただ、
不平等条約改正交渉にあたって、
法治国家日本をアピールするために、
特に重要と考えられた、
国会議事堂、裁判所、司法省については、
先に、
日本側と正式に建設契約を結んでいたのだそうです…。

そして、
計画全体が廃棄された時、
すでに、
裁判所と司法省の工事は始まっていました…。

12名のドイツ人技師を招き、
技術習得のために20名の職人を、
ドイツに送ったという、
壮大なバロック様式の建築は、
別の人に引き継がれるかたちで、
完成します…。

裁判所の方は、その後、
最高裁判所新庁舎完成とともに
取り壊されましたが、
司法省の方は、
戦災で大きな被害を受けたものの、
改修され、
創建当時の姿に復元されて、
のこっています…。

法務省旧本館・赤れんが棟…。

幻のバロック都市・東京の断片…。

まさに、夢のかけらです…。





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パレスサイドビル

2014年2月25日

パレスサイドビル…。





名前通り、
皇居のすぐそばにあります…。


ガラスの前面には、
アルミ製の日除けがついていて、
それが、精密機械のような、
繊細な印象を与えるせいか、
50年近く前にできたとは思えない、
切れ味の鋭い外観をしています…。





この庇は、
日除けであるとともに、
ガラスのメンテナンスの際の、
足場にもなっています…。


さらに、そこに、
雨樋も一体で組み込まれて、
デザインされています…。





通常は、
隠したくなるような要素ばかりを集めて、組み合わせ、
複数の課題を、
一石二鳥、三鳥という具合に、解いてしまっています…。


うーん、と唸ってしまう、巧妙な設計…。


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仲摩邦彦建築設計事務所

プロフィール

仲摩邦彦建築設計事務所

ひとつひとつ丁寧に取り組んでいきたい、と考えています。

建築は、建築主であるお客様や、様々な条件・環境等の、出会いや組み合わせにより生まれるものであり、それぞれが、その機会でこその個性的なものだと考えています。 「これしかない」と納得できるようなものを...

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